不在
2022-08-10
2022-08-10
つまり「昔」という言葉が時間に対して相対的なんだな。
2022-08-10
2022-08-10
しかし、言葉遊びは(本能的に?)楽しいもので、うまいこと言った感のあるタイトルは全くうまくないタイトルよりは良いだろうし、やってしまっても仕方ないかもしれない。
2022-08-09
つまり、AIというか意識を持たない機械が、ストーリーをほぼゼロから考え出し、それを鑑賞者に伝えるための要素を効果的に配置し、一つの作品として仕上げる日はいつになるのか?
2022-08-08
前に買ったセブンオリジナルの激辛カレー(ブートジョロキア入りカレーとかそんな名前のやつ)は辛いばかりでおいしくなかった。
2022-08-06
別に、英語ネイティブ向けのコンテンツなど作らないのだが、しかし英語ネイティブの感覚(?)を知っていてわざわざ真面目な作品に「忍者は何人じゃ」というタイトルをつけたいかというと……。
2022-08-04
2022-08-04
ホラー、主要な登場人物は四人で、何か怪異に悩まされているらしい少女、それを解決しに来た霊能者、別サイドの話の主人公である女児、その恋人(?)である男児。細部はもう忘れてしまったが、何らかの化け物だか呪いだかによって登場人物周辺の人々が次々と死んでいき、しかしどこかの時点で霊能者含めた主人公たちは精神汚染を受けてしまったようで、最終的に大量の人間が呪殺されても平然として笑っている。終盤、白い段ボール箱を乗り物にしてやってきた女児(彼女ももう人の形を留めておらず、正気を失っている)が霊能者(? 母親?)に制御されそうになるのだが、女児はそれを見越して自分を解き放つ手段を用意していた(それはなぜかクリームパンの形をしている)。彼女がクリームパンを食べて霊的制御から逃れると、霊能者(?)は「そこまでするならしょうがない、もう自由にしなさい」と笑って彼女を送り出す姿勢を見せる。その下では唯一正気を保っている段ボール箱(それは変異させられた男児だった)が「殺して」と呻いている。女児と男児の同級生かもしれない幼稚園児たちが縄で縛られて転がっている。私はそれを見て「さすがに幼児を殺すほど作者も酷くなかったか、放送できないものな」と考えている。
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・インタラクションとフィードバックが豊富にある。
・明確な目標ときちんとしたルールがある。
・動機づけがある。
・常にチャレンジの感覚がある。(以下略)
(『人を賢くする道具』p.72)
であるらしい。
これらはまさしく現代のゲーム(特にアクションゲーム)が備えている特徴で、今のゲームがいかにプレイヤーの興味を獲得し持続させるよう進化してきたのか感心してしまった。
『人を賢くする道具』でも当然、ゲーム(1993年に存在するか想像できるゲーム)が人間を「至高の体験」モードにいざなうものであることは触れられているが、現代のゲームはこまめに目標を提示してプレイヤーを誘導したりと、ますます洗練されている。(もっと挙げられる箇所があるはずだがぱっと言語化できない)