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不在

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リニア中央新幹線が開通したら現在の新幹線は旧幹線になるのだろうか。

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そりゃお金があれば京都を味わえるホテルに泊まってゆっくり観光しておいしいものも食べたいけれども。

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しかし、よしんば京都へ行くとしても、まず夏は暑すぎて無理、9〜10月は台風の恐れがあるから避けたい、10〜11月は紅葉で混むから絶対に嫌だ、というわけで早くても12月以降かあ。

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京都で行きたいのは特定の本屋と古本屋だけなので、いっそ日帰りでもいけるのでは? あとは、楽しいかは別として、帰路の途中駅で一泊してもいい。

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普段使わないものでごちゃごちゃしていた机の上をやっと整理した。

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この辺の感慨をうまくなんとかしてやれば、きさらぎ駅版「アーカムそして星の世界へ」にならないものかしらん?(ならんだろう)

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20年も経てば、「片足の老人」もすでに鬼籍に入ったことだろう(あの世寄りの世界であろうきさらぎ駅からさらにあの世へ行くというのがどういうことなのかはわからないが)。時の流れを感じるものである。

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はすみさんが投稿当時20代だったとしたら現在40代。お子さんがいればきさらぎ高校に通っていることと思われる。あるいはきさらぎ高校をすでに卒業し、進学なり就職なりのために電車に乗って彼岸のきさらぎ地方より此岸へやってきていないとも限らない。

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ということは、来年はきさらぎ駅20周年なのか……。

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ああだこうだとくだらないことを考えていずに『怪談の仕掛け』を読めば済む話かもしれなかった。

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あらためて「きさらぎ駅」のオリジナルの書き込み(というか「はすみ」とスレ住民たちの一連のやりとり)に目を通すと、初めからああだこうだと異変を説明せず「気のせいかも知れませんがよろしいですか?」「様子がおかしいのです」「また、おかしいようであれば相談させていただきたいと思います」とスレ住民の反応を見越して続けているのがいかにもリアルタイムで遭遇している雰囲気が出ていて、語りがうまいなあと感じた。

身のまわりで変なことが起こったら実況するスレ26
https://hobby4.5ch.net/test/read.cgi/occ...

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というのも、『怪談の仕掛け』の目次に「きさらぎ駅」の名を見て、なるほどこれを取り上げるのかと思うのと同時に、「今どきの若い子はきさらぎ駅を知っているのだろうか?」という考えが湧いたのだった。きさらぎ駅は有名といっても発端の書き込みは2004年である(ってホンマかいな、びっくり)。それだけにネット怪談としては古典、現代の怪異としては重鎮(?)と言えるし、色々な形でたびたび取り上げられる怪談(ネタ)でもあるし、去年だか一昨年だか映画にもなったそうだから、人口に膾炙していると言えばそうかもしれない。にしても今どきの小中高生からすると、自分が生まれる前のネット怪談なわけで、どのぐらい知名度があるのだろうと思った。さすがに、みんな知ってるかなあ。口裂け女みたいなもんかしら。あれは実際に騒動になったんだからちょっと違うか。

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今どきの中高生だと「洒落怖」よりSCPの方が認知度が高いのかしらとふと思った。しかしそもそも洒落怖全盛時代(2000年代初頭なのだろうか?)における中高生の認知度というのはいかほどだったんかしら?

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暑さにまあまあ耐えられているつもりでも、体に熱が溜まっていく……。

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Vtuberってどういう距離感で見たらいいのかわからなくて戸惑ってしまう。

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うーん。なんかヒマ。

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まあ、昔は稼ぐ重圧が夫だけにのしかかっていたというのもあるのかな……。

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それにしても古い文学を読んでいると、昔は女子供の権利が現在とは比べものにならないぐらい軽視されていたのだと痛感する。そもそも女子供が権利を有しているとすら考えられていなかったのだろう。女の裏切りは言語道断だが男がお妾さんを作ってもOKというのは、どういう理屈でそうなるのかわからない。

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肝心の川端康成の小説は『川端康成異相短篇集』しか持っていなかった。「片腕」が気持ち悪くて(生理的に不快! というほどではない)変な話だった記憶。

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葛西善蔵、悔しいが(?)小説は面白い。読ませる。代表作の多い短編集を読んでいるからというのもあるだろうが。でも、やっぱり生き方はどうかと思う。芸術家(それも明治大正時代の)に清廉潔白を求めるほど私も愚かじゃないし、芸術に殉じるというのも一つの人生ではあろうけれども、芸術のために自ら破綻へ向かっていくような生活をして、本当に生活も自分自身も破綻して、しまいには筆さえ執れなくなっただなんて、やっぱり根本的に何かが間違っていたんじゃないかと思う。といって、そういう生き方しかできない人だったんだろうけどねえ……。