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不在

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久々に駿河屋の通販を利用した。送料無料にするために適当な本を探す。会計時、送料とは別に「通信販売手数料」という謎の料金が追加されていた。なんかそういうのが増えたらしい。200円ぐらいなので「ふーん」とスルー。

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読書をサボっていたが『世界の終焉』をぼちぼち再開。憂鬱な気分になる終焉シナリオのリストアップが終わり、終末論法の検討へ。この後は「そもそも人類が続く必要はあるのか?」という考え方(出版当時に存在したかはわからないが反出生主義のような思想も入ってくるだろう)を見ていくようだ。

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「アベンガネはあの後無事だったのか」も定期的に気になる。旅団としては別に除念師を殺す必要はなさそうなんだよなあ。恐らく、アベンガネの能力によって除念された時点で対象の念は無力化されるのだろうが(そうでないとどこかでアベンガネが死んだら突然団長の心臓に鎖が復活することになってしまう)、強い恨みの念だし除念師を殺してしまうことには予想外のリスクがありそう。それに賢く慎重なアベンガネのことだから、「除念後に口封じで殺される」というケースに対しては対策を取っていそうな気がする。(シビアな世界なので、旅団とは無関係のところで死んでいることはありうると思う。)

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ゴレイヌなんかも、作中ではレイザーの引き立て役にされてしまった感はあったが、凶悪な初見殺しの能力なんだよな……。念能力者同士の戦いの勝敗は揺蕩ってて当然だな……。

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単行本で当時の話を読み返して、「メルエムを倒せるかもしれない念能力者リスト」にセンリツも入るんだなと思った。音楽が届く範囲にいる者の意識を3分間持っていける・味方は耳さえ塞いでいれば能力の対象外にできるというのは非常に強い(バレてしまえば対策も容易だが)。メレオロンと同系統で、本人の戦闘能力は高くないが「決まれば必勝」系の能力者をサポートできる能力者。もちろんメルエム級の相手に対しては「自分の能力の射程範囲内まで接近する」が極めて難しいわけだが、それでもガチンコでやりあうよりは勝率が高い。しかし人間でない知的種族に対して「音楽」が効くのかという懸念はあるかもしれない。メルエムをどうやったら倒せるのかというのは定期的に考えてしまう。

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あの頃、MicroUSBとかminiBとかなんだとか、USBの規格がやたら色々あったのはなんだったのだろう。USB-Cを考えた人と実装した人にノーベル賞をあげたい。

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Amazonブラックフライデー、ちょっと悩んで、Ankerの3in1ケーブルを注文した。USB-C(スマホ)、Lightning(音楽プレイヤー専用機のiPhone)、MicroUSB(Kindle Oasisなど)と充電端子がバラバラなので以前から買おうか迷っていたのだった。

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ここ数年、まともなカメラはGRしか触っていないから28mmに慣れている。標準レンズとされる50mmあたりも好きだったが。50はちょっと狭いから、35〜40ぐらいが扱いやすくはあった。

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数年ぶりに旅行に行くことになるかもしれないので、カメラが欲しくなってしまった。しかし実のところ、よほどスマホでは撮りづらいものを撮るんじゃない限り、カメラ性能のいいスマホを買うのが一番いいだろうな。十何万とかするスマホを買うお金はないから選択肢には入らないが……。

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「仲間が大事」と「仲間以外はどうでもいい」はもちろん両立するし、そこから「仲間以外には何をしてもいい」までの距離も近いんだよなー。(ハンターハンターの話)

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せっかく月1000円ぐらい払ってジャンプを定期購読しているので、一応他の漫画も目を通してはいる。この主人公の北条時行ってどのくらい長生きした人なんだろうと調べてみたら全然長生きしていなかった。

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まさか、王位継承戦編が始まってこれだけ時間が経って、登場人物も勢力も増える一方の中、幻影旅団のことでこんなに読者を揺さぶってくるなんて……。誰が予想していただろうか。
いやー、これは、今後どんどん死ぬな、団員……。旅団の過去編が悲劇で終わるのは間違いないだろうが、過去編はそのまま現在の悲劇の助走ということになりそうだなあ。個人的には、どんな過去があろうとも旅団が悪であることは変わらないので、罪に対してはストーリー上の報い(死)があるべきだと思う。が、恵まれない環境で育った子供たちが他に選択肢がないゆえに犯罪に手を染めていく、という構図は現実の社会問題そのものであり、「悪役は倒されるべき」という個人的な感情とは別に「なんとかならなかったのか」と思ってしまう。なかなかしんどい。畳む

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そういえばキング・クリムゾン&エピタフってどんな能力だっけと検索してみたらやはり難しかったし、解説ブログを読んでも「〜と作中では説明されていたが、漫画のこの場面は実際どういうことだったのかよくわからない(のでこの記事ではそこを考察します)」という調子だった。という点を踏まえると、ツェリードニヒの能力がキング・クリムゾン以上にややこしいように見えるのは、キング・クリムゾンにあった曖昧さを排除して作中で厳密に定義および説明されているから、というところが大きいのかもしれない。

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ハンタのヨークシン編途中あたりを読み始めたら結局グリードアイランド編の終わりまで読んでしまった。
前は「悪にも悪なりの絆があるってわけね」ぐらいの感想だったのがだいぶ印象が変わってしまった。パクノダの覚悟と願いの重さが沁みる。クラピカが味わわせたかった「依りどころとしていたものを奪われる苦しみ」、実は旅団初期結成組はすでに一度味わっていたのかな……。
まさか、「頭を失っても死なない蜘蛛」を作ったクロロは、絶対に壊れない場所を作りたかったのだろうか?(冨樫先生だしそんな甘い話にはならないだろうが……。)畳む

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ハンタ本誌。
極悪非道な幻影旅団の過去編がこんな形で出されるなんて辛すぎる。2人セゾンと同じくらい辛いことがこんな短いスパン(4年経っているが単行本換算だと2人セゾンのすぐ次の巻)でやってくるなんて思わなかった。今度ハンタを読み返す時にヨークシン編をどんな顔で読んだらいいんだ。
しかし、幻影旅団が幼年時代にこういうこともあって最終的に今の形になったのなら、クロロを殺すために旅団そのものを潰そうとするヒソカに団員がみんなぶち切れるはずだ。ヨークシンでウボォーと間接的にパクノダを殺したクラピカは、その後クラピーも旅団も互いに色々あってうやむやになっているが、船の中で鉢合わせしたら大変なことになりそう……。畳む

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思考の整理のために書いておく。(※たまたま今プレイしているのでバイオRE2を例に取るが何のゲームでもいい)
つまり、

1. バイオハザードRE2が「限られた弾薬でハラハラしながらサバイバルしてほしい」という意図を持って作られたゲームであることは明らかである。
2. しかし、公式のDLCに「無限弾薬の武器」が存在し、DLCによって無限武器を使うこと自体に違法性はない。
3. そして、バイオハザードRE2は一人用のゲームなので、無限武器の使用によって他人に迷惑をかけることはない。

このような状況の下で、私が無限武器を用いて強敵も何もかも薙ぎ倒しながら、いわばゲームの用意した障害や特定の(※)面白みを無視して遊ぶことに倫理的な悪の要素はあるか?
(※:「特定の面白み」としたのは、無限ロケットランチャーでリッカーを粉微塵にしながら突き進むことにはもちろんシビアなサバイバルとは別の面白みがあるからである)

ということが気にかかっていた。

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(ここまで来ると思考遊びで実際はどちらかというとどうでもいいのだが)例えば、公式DLCの無限ロケットランチャーでリッカーを木っ端微塵にし追跡者を即撃退しつつ「自分はバイオRE2を味わい尽くした」と豪語したらそれは非難されてもしょうがないだろう。では、(他人に自慢もなんなら口外すらしないとして)そんな風に遊ぶこと自体も軟弱だとか非難されて然るべきなのだろうか?

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TRPGは自分一人の趣味ではないので、楽するわけにはいかず、力尽きた。そして人と人とのゲームだから、自分のような上手くないプレイヤーよりも上手いプレイヤーと遊んだ方がみんな楽しいだろうと思った。(とりわけゲームマスターは、熱意があり準備に力を入れる優れた人がたくさんいるので、凝ったことをやらない自分のような人間がGMをやるのはいけないことなのだと感じるようになった。)

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自分の負担を減らすこと。仕事や学業や修行なら、ひたすら負担を減らすのは「逃げ」であり褒められたものではないかもしれない。でも自分一人の趣味だったら、ひたすら楽したっていいじゃないの。と意識するようにしないとなんでもすぐ人と比べて自分にがっかりしてしまう。

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何かはてなブログ以外でいいブログサービスがないものかなあとたまに調べてみるのだが、そのたびに収益目的を前提にした紹介記事が大量にヒットしてうんざりするのだった。別に収益目的でブログをやること自体は(どうでも)いいんだけども……。単純に趣味でブログをやりたい人なんて今はいないのだろうか。